データ
- 名称
- 浅間温泉天満宮 本殿
- 指定等区分
- 市重要文化財
- 指定年月日
- 平成11年3月4日
- 種別
- 建造物
- 所在地
- 浅間温泉1173-2
- 所有者
- 天満宮
- 時代区分
- 江戸時代
- 付加事項
所属カテゴリ
- テーマ
- 松本城とその時代
- 地域
- 松本東部
- 分野
- 建造物
地図
解説
松本藩に守られた天満宮
浅間温泉天満宮は、松本城主の入湯所であった御殿の湯の東側にある御殿山中腹にあります。この神社は松本城主水野氏が勧請(かんじょう)した社で、明治16(1883)年に記された『二木実録年代記』によれば万治2年(1659)の創建とされています。また、明治3年の『諸社委詳取調書上』には江戸時代には松本藩が20年毎に修理を行なっていたと書いてあります。
本殿は間口5尺の規模の一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の社殿で、向拝(こうはい)内に高い床を設けた見世棚(みせだな)造りの形式となっています。昭和62(1987)年に修理が行なわれ、屋根葺き替え、土間取替え、柱根継ぎ、縁長押取替えなどが行なわれていますが、それ以外の場所では創建当時の部材をよく残しています。
当時の部材には彩色がよく残っており、胡粉・朱・黒・茶・緑青などで全体が塗られていたことがわかります。
このように見世棚造りという簡素な形式でありながら、彩色を施すのは信州では江戸中期までの特色であり、天満宮本殿はその特色をよく残しているといえます。さらに、特徴的な点としては、妻飾りを虹梁(こうりょう)上に扠首(さす)を組み、斗(ます)を置いた形式である点です。普通は豕扠首(いのこさす)として扠首束(さすつか)を立てるのですが、この社殿では、扠首束(いのこさす)を省略して、軽快な感じのつくりとしています。
このほか、本殿の向拝の蟇股(かえるまた)の輪郭や、海老虹梁(えびこうりょう)の渦の絵様などは塩尻市の小野神社と共通する技法です。
小野神社の大工棟梁は松本藩大工頭の中村四郎右衛門であったので、この天満宮本殿も中村四郎右衛門によって建てられたものと考えられます。





