データ
- 名称
- 不動明王坐像(王徳寺)
- 指定等区分
- 市重要文化財
- 指定年月日
- 昭和63年3月17日
- 種別
- 彫刻
- 所在地
- 寿北9-10-1
- 所有者
- 王徳寺
- 時代区分
- 室町時代
- 付加事項
所属カテゴリ
- テーマ
- 松本城ができるまで
- 地域
- 松本東部
- 分野
- 彫刻
地図
解説
大盤石に坐した忿怒のお不動さま
王徳寺は牛伏寺の末寺で、その寺名は不動明王の威徳を称えたものです。正徳元年(1711)以前、不動明王は「信州中山疫神除不動尊」として近在に知られていました。
寛政2年(1790)の寺伝由来記によると、天文年間以降小笠原氏の帰依厚く、特に小笠原貞慶は開運不動として尊崇したといわれています。
像高90cm、右手に利剣、左手に索をもち、額に三筋の水波の相をあらわし、忿怒(ふんぬ)相きびしく牙を出し頭上に頂蓮をのせて巻髪あらく、衣文のひだの彫りが深い。光背は空想上の巨鳥で、大樹に住み、竜を食べるという「かるら鳥」が、羽をひろげたかたちの火炎光背です。かるらの目玉が光っています。
胎内銘により、明応8年(1499)の作と推定されます。
不動明王信仰が広まった時代の地方の中心的寺院の不動明王であることがうかがわれます。



