データ
- 名称
- 追儺面(牛伏寺)
- 指定等区分
- 市重要文化財
- 指定年月日
- 昭和37年8月31日
- 種別
- 工芸品
- 所在地
- 内田2573
- 所有者
- 牛伏寺
- 時代区分
- 安土・桃山時代~江戸時代
- 付加事項
所属カテゴリ
- テーマ
- 松本城ができるまで
- 地域
- 松本東部
- 分野
- 絵画・工芸品
地図
解説
追儺面の鬼をたたき伏せる追儺祭り
豪壮な追儺(ついな)面
牛伏寺(ごふくじ)の追儺(ついな)面は、その裏面に永禄10年(1569)の墨書と、梵字(ぼんじ)の「きや」が書かれています。この墨書が悪鬼を払って駆逐することから、すでに永禄年間(1558~70)に使われていたことがわかります。
保存されている追儺面は、赤鬼と青鬼の木造の二面です。赤鬼の面が朱漆で塗られ、青鬼の面は彩色が剥落して、眼部と牙部に漆箔が塗られた痕跡が認められます。二面とも豪壮な彫りがみられ、大型で価値観のあるものとされています。なお、追儺面には次のような墨書が残されています。
赤鬼面裏面
[右側]
梵字(きや) 奉奇進[ ]敬白
武運長久 主
[左側]
丁時永禄十稔丁 卯 十二月廿六日
青鬼面裏面
[右側]
梵字(きや) 奉造
[左側]
永禄十年丁卯十二月廿六日
また、面の大きさは、赤鬼面が面径25㎝、面長30㎝、面奥9㎝、青鬼面が面径27㎝、面長30㎝、面奥9㎝です。
厄除行事の追儺祭り
昔、近在の厄年の男女が、正月七日の夕刻から、牛伏寺の厄除け参りに集まりました。観音堂前の庭に大かがり火をたき、読経が始まるころには、庭に追儺面をつけた赤鬼と青鬼が現れます。
厄年の人々が、火をつけた松明(たいまつ)を持って、逃げまわる赤鬼と青鬼を追いまわしました。最後に追いつめられた鬼が、たたき伏せられ、厄病神が払われました。これが厄除行事におこなわれた追儺祭りで、そのときに保存されている赤鬼と青鬼の追儺面が使用されたのです。なお、牛伏寺の追儺祭りの様子は、天保14年(1843)に刊行された『善光寺道名所図会(ずえ)』に「例年正月七日、転流大般若同夜戌乃刻、追儺の祭りとして厄年の者ども麦藁炬を多く取持て鬼を追の式あり、鬼二人銕杖を持、先へ幣を担ぎ、鬼の後に大太刀を持て戦のさま烈し、雪中に大篝を焚並て白昼の如くなるに童男・童女群参して一山震動せり」と述べられています。


