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市指定等文化財

水野家廟所

みずのけびょうしょ

  • 石垣根に囲まれた五輪塔
  • 石垣根に囲まれた五輪塔
  • 水野家廟所五輪塔アップ
  • 松本地方では最古といわれる石の鳥居

データ

名称
水野家廟所
指定等区分
市特別史跡
指定年月日
昭和55年3月18日
種別
遺跡
所在地
大村684-ロほか(玄向寺墓地隣地)
所有者
(管理者)玄向寺
時代区分
江戸時代
付加事項
  

所属カテゴリ

テーマ
松本城とその時代
地域
松本東部
分野
史跡

地図

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解説

藩祖忠清公をはじめ9基の五輪塔が並ぶ

  水野家は寛永19年(1642)から享保10年(1725)に至る6代82年にわたって松本城主でした。当初水野家の菩提寺(ぼだいじ)は城下町の本町にあった春了寺であり、大村の地にある玄向寺は墓守寺でした。
  玄向寺の前身は念仏寺といい、下浅間の薬師堂のあたりに永禄4年(1561)に創建された道場でした。現在地に移ったのは寛永2年(1625)で、この時に帰命山清光寺と改められました。寛文9年(1669)、水野家第3代水野忠直が本堂以下の廟所を設け、父忠職(ただもと)の法名をとって上昌山玄向寺となりました。

  玄向寺の参道を上へ、立ち並ぶ札所観音の前を進むと廟所にたどり着きます。正面には、忠直が廟所の造営に着手した寛文9年に建立した石の鳥居が建っています。この石の鳥居は松本地方で一番古いものです。廟所には高さ3mを超える五輪塔9基が立ち並び、周囲には石垣根をまわし、大名家の廟所にふさわしい雰囲気が漂います。しかし、ここに実際に遺骸が葬られたのは、水野忠直(賢徳院)のみで、残りは供養塔です。なお、供養者は松本水野家藩祖水野忠清(真珠院)及び同室(福寿院)、2代忠職(道樹院)及び同室(春陽院)、3代忠直(賢徳院)及び同室(柔軟院)、4代忠周(ただちか  智徳院)及び同室(智清院)と5代忠幹(ただもと  徳本院)です。ただし、6代忠恒は改易となって松本から去ったため、供養塔もここにはありません。

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