データ
- 名称
- 恭倹寺 鐘楼並びに梵鐘
- 指定等区分
- 市重要文化財
- 指定年月日
- 平成19年3月30日
- 種別
- 建造物及び工芸品
- 所在地
- 梓川梓5577
- 所有者
- 恭倹寺
- 時代区分
- 江戸時代
- 付加事項
所属カテゴリ
- テーマ
- 松本城とその時代
- 地域
- 梓川地区
- 分野
- 建造物及び工芸品
地図
解説
安住の地を得た鐘楼と梵鐘
鐘楼(しょうろう)は、間口奥行とも2.94mの正方形で、柱丈階上1.83m、階下2.53mの二層楼門式です。明治24年(1891)に松本市清水に住んでいた飛騨の匠師、山口権造により建てられました。鐘楼のなかでも目を引くのが、見事な桝組(ますぐみ)です。もともとは波田町にあった若沢寺(にゃくたくじ)というお寺のものでした。若沢寺は信濃日光とも言われたほど立派なお寺でしたが、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際に廃寺となりました。枡形(ますがた)はその部材を譲り受けたもので、手の込んだつくりからも若沢寺の往時がしのばれます。
また、鐘楼に釣り下げられている梵鐘(ぼんしょう)は高さ約1.14m(3尺7寸6分)、口径0.76m(2尺5寸3分)と大きなものです。
この鐘はもともと、千葉県にあった最勝福寺という、上総国(かずさのくに)最古のお寺にあったものです。最勝福寺も廃仏毀釈の際に廃寺となり、その時売りに出された梵鐘が転々と売買され、最終的に恭検寺にたどり着き納められたわけです。これは、鐘楼を造り、鐘で時を告げたいとの願いから音色のよい鐘を求めた念願の結果です。梵鐘自体は銘から江戸時代の元禄11年(1698)に作られたことがわかっており、由緒正しい梵鐘です。



