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市指定等文化財

若澤寺跡

にゃくたくじあと

  • 若澤寺跡 連続する平場
  • 若澤寺跡 連続する平場
  • 若澤寺跡 礎石
  • 樹木が整理された若澤寺跡(H26.4)
  • 若澤寺跡 調査平面図
  • 若澤寺一山之略絵図

データ

名称
若澤寺跡
指定等区分
市特別史跡
指定年月日
平成23年3月22日
種別
史跡(寺社跡)
所在地
波田9103
所有者
水沢山共有林組合  ほか
時代区分
室町時代~江戸時代
付加事項
  

所属カテゴリ

テーマ
松本城ができるまで
地域
波田地区
分野
史跡

地図

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解説

幻の大寺院  「信濃日光」

  若澤寺は、山号を慈眼山あるいは水沢山といい、新義真言宗京都智積院末の寺院で、江戸時代には広大な伽藍が整備されて多くの人々が訪れ、「信濃日光」とまで呼ばれていました。しかし、明治初年の廃仏毀釈により廃寺となり、多くの建物は取り壊されたり移築されたりしました。現在寺跡に残っているのは、田村堂、金堂、中堂、護摩堂、方丈の石垣と一部の礎石だけですが、その規模の大きさは賑わった時代を彷彿とさせています。
  若澤寺は、室町時代に2kmほど山中に入った元寺場から水沢谷の現在地に下り、戦国時代から江戸時代初期には、武田勝頼や小笠原氏により寺領を安堵されました。江戸時代後期の文化年間(1804~17)に、「若澤寺一山之略絵図」に描かれている伽藍ができあがったといわれています。

  平成14・15年度には、護摩堂のあった平場で一部発掘調査が行われ、建物の礎石と江戸時代後期の遺物が見つかっており、絵図の正しさが証明されました。
  また、平成25・26年度に、地元の「若澤寺史跡保存会」によって寺域に生えている樹木が整理され、若澤寺跡の姿がより一層分かりやすくなりました。

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