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市指定等文化財

牛伏寺銅板線刻十一面観音御正体

ごふくじ  どうばんせんこく  じゅういちめんかんのん  みしょうたい

  • 牛伏寺銅板線刻十一面観音御正体
  • 牛伏寺銅板線刻十一面観音御正体

データ

名称
牛伏寺銅板線刻十一面観音御正体
指定等区分
市重要文化財
指定年月日
平成27年7月7日
種別
彫刻
所在地
松本市内田2573
所有者
牛伏寺
時代区分
鎌倉時代
付加事項

所属カテゴリ

テーマ
松本城ができるまで
地域
松本東部
分野
彫刻

地図

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解説

鉢伏権現の本地仏か

★御正体(みしょうたい)とは
  御正体とは、円形の鏡板(神体)に仏像(仏体)を接合して、神仏一体として礼拝できるようにしたもので、神仏習合の考え方からできたものです。
  牛伏寺の御正体は、円形に裁断した銅板へ十一面観音像が線刻されています。線刻は太く、しかもわずかに背面から打ち出して、十一面観音像が立体的に見えるようにしています。御正体の上方の左右に小さな吊耳(鐶)があることから、壁や柱にかけて拝めるようにされていたことが分かります。
  御正体がつくられはじめた平安時代前半期は、実用される鏡の鏡面に仏像や神像の姿を入れた「鏡像」形式でしたが、12世紀頃から、円形の銅板に別の銅板で制作した仏像を接合したものや、壁などに懸けて拝めるようにした「懸仏」という形式のものが創案され造られるようになりました。牛伏寺の御正体は「鏡像」から「懸仏」に至るまでの中間の形式を示しています。

★鎌倉時代の彫像
  牛伏寺の御正体のような形式は、おおむね12世紀後半から多く見られるようになります。彫られている十一面観音像の明快で雄偉な尊容表現を見ると、制作年代は鎌倉時代になると推定されます。
  この御正体がいつ頃から牛伏寺にあるのか、伝来ははっきりしません。しかし、収められていた場所は牛伏寺境内にある鉢伏権現社であるため、この御正体は鉢伏権現の本地仏(仏教において、日本の神様の本来の姿とされる仏)として祀られていたとも考えられます。長野県内では大町市の仁科神明宮の毛彫りの御正体(重要文化財)に次いで古いものとみられ、松本地方の彫刻の歴史を考えるうえで貴重なものです。

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