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松本の歴史

古墳時代

弘法山古墳(前期の古墳) 針塚古墳(中期の古墳) 中山15号墳(後期の古墳)   古墳時代は、3世紀末~7世紀末までの400年間で、土を盛り上げて造ったお墓である古墳がさかんに造られた時代です。松本市内には160ほどの古墳が確認できますが、その中で最も古い時期に造られた古墳は、国史跡に指定されている弘法山古墳です。この古墳は、3世紀末に造られた前方後方墳で、東日本でも古い古墳のひとつです。
  古墳時代前期(3世紀末~4世紀)には、弘法山古墳のほか、出土遺物が市重要文化財に指定されている中山36号墳がありますが、これらを除くと、この時期の古墳はほとんど確認されていません。この時期の集落も、いくつかの遺跡で確認されていますが、その詳細ははっきりしていません。
  古墳時代中期(5世紀)には、市内の各地で古墳が造られるようになります。県史跡針塚古墳(里山辺)や県宝の金銅製天冠の出土した桜ヶ丘古墳(浅間温泉)のほか、市内各地に中期の古墳が築かれており、この時期の集落も確認されています。
  古墳時代後期(6~7世紀)になると、数多くの古墳が造られます。出土遺物が市指定文化財となっている南方(みなみがた)古墳や、市史跡中山古墳群の古墳の多くは後期の古墳です。中期までは一人の人を埋葬するために古墳が築かれていましたが、後期になると一度築いた古墳に何回か埋葬をするようになり、家族墓の性格を帯びています。7世紀には、用水路を築いて湿地以外の場所も水田とする技術が広まったことを背景として、集落が急激に大規模化したり、それまで集落が見られなかったところに新たに集落が営まれたりするようになります。それまで古墳が見られなかった奈良井川より西側の地域でも集落が営まれ、古墳が造られるようになります。
松本市内では、奈良時代になっても古墳が造られており、市史跡秋葉原第一号古墳はこの時期の古墳です。

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