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国指定等文化財

徳運寺庫裏

とくうんじくり

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データ

名称
徳運寺庫裏
指定等区分
国登録有形文化財
指定年月日
平成26年10月7日
種別
建造物
所在地
松本市入山辺4527-1
所有者
宗教法人徳運寺
時代区分
江戸時代
付加事項
同時登録:徳運寺本堂、徳運寺山門及び高塀

所属カテゴリ

分類
登録文化財
テーマ
松本城とその時代
地域
松本東部
分野
建造物

地図

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解説

廃仏毀釈を乗越えた堂宇

★徳運寺とは
  徳運寺は、松本市入山辺地区にあるお寺です。鎌倉時代末期に、地元の山家氏が、僧・雪村友梅(せっそんゆうばい)を開山として招き、創建しました。なお、創建当時は「徳雲寺」と称していました。明治初年の廃仏毀釈で一時廃寺となりましたがすぐに復興し、現在に至っています。
  江戸時代末期には、徳運寺の伽藍はすべて整っていたと伝えられています。しかし、嘉永4年(1851)の火災で焼失し、現在見ることができる建造物は、火災の後に建てられたものです。
  ※徳運寺(徳雲寺)や雪村友梅の詳細は、
    「徳雲寺跡」(松本市特別史跡)のページをご覧ください。

★おもてなしの空間として
  庫裏とは、お寺の台所にあたり、来客をもてなすための建物を指します。
  徳運寺の庫裏は、木造平屋建て、梁間8間、桁行12間と、本堂とほぼ同じ規模の建物です。長野県の中部・南部でよく見られる本棟造(ほんむねづくり)の建築様式で、傾斜の緩い屋根と、その頂点に「雀踊り(または雀おどし)」という飾りをつけているのが特徴です。間取りは玄関のある南側から土間(玄関)、オエ(居間)、座敷という並びになっており、土間の隣には厨房と配膳室があります。また、座敷は下、中、上と三間に仕切られており、下座敷へ外から入る式台(あがり口)の正面には、瑞雲や菊花の力強い彫刻が施されています。
  庫裏のつくりや建築部材は、風食具合から江戸時代末期頃のものと考えられています。嘉永4年の火災後の伽藍再建の様子を記した「棟上世話人配役諸事帳」(徳運寺所蔵)によると、庫裏を建てたのは安政3年(1856)と記されており、建物の状況と一致しています。
  その後増改築されていますが、現在も江戸時代末期の姿を良く残している建物です。

★徳運寺のたたずまい
  平成26年(2014)に登録有形文化財となった徳運寺の本堂・庫裏・山門及び高塀は、いずれも建築当初の姿を良く残しており、一体となって境内の歴史的な景観を伝えています。特に、本堂・庫裏は、明治初年の廃仏毀釈で徳運寺自体が一時廃されたにもかかわらず、江戸時代末期に建てられたままの姿で今日に至っています。
  現在は、厄払いのお寺としても有名で、毎年1月の中旬ころには厄除観音例大祭が催され、多くの参拝者でにぎわっています。

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