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国指定等文化財

徳運寺山門及び高塀

とくうんじさんもん  および  たかへい

  • 徳運寺山門及び高塀
  • 徳運寺山門及び高塀
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データ

名称
徳運寺山門及び高塀
指定等区分
国登録有形文化財
指定年月日
平成26年10月7日
種別
建造物
所在地
松本市入山辺4526
所有者
宗教法人徳運寺
時代区分
大正時代
付加事項
同時登録:徳運寺本堂、徳運寺庫裏

所属カテゴリ

分類
登録文化財
テーマ
明治から現代
地域
松本東部
分野
建造物

地図

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解説

廃仏毀釈を乗越えた堂宇

★徳運寺とは
  徳運寺は、松本市入山辺地区にあるお寺です。鎌倉時代末期に、地元の山家氏が、僧・雪村友梅(せっそんゆうばい)を開山として招き、創建しました。なお、創建当時は「徳雲寺」と称していました。明治初年の廃仏毀釈で一時廃寺となりましたがすぐに復興し、現在に至っています。
  江戸時代末期には、徳運寺の伽藍はすべて整っていたと伝えられています。しかし、嘉永4年(1851)の火災で焼失し、現在見ることができる建造物は、火災の後に建てられたものです。
  ※徳運寺(徳雲寺)や雪村友梅の詳細は、
    「徳雲寺跡」(松本市特別史跡)のページをご覧ください。

★山門と高塀
  山門は、木造平屋建て、薬医門(主に屋根を支える本柱2本と、それを補助する控柱2本の合計4本の柱で建っている門)の様式です。本柱は12寸×9寸5分、控柱は9寸5分×9寸5分の太さで、瓦葺の屋根を支えています。屋根の内側の梁の上には、上棟の際に取り付けられたと思われる小槌と幣串が見られ、笈形(おいがた)という植物を模した彫刻も確認できます。
  高塀は、山門の両側から境内の南側と西側を巡り、壁の漆喰の白さが、境内正面の景色を引締める印象を与えます。
  山門と高塀の建築年は、「附属建築壇中寄附簿」(徳運寺所蔵)によると、大正8年(1919)に起工し、大正9年に竣工したことが記録されています。増改築の跡があまり見られず、建築当初の姿を良くとどめている門です。
  
★徳運寺のたたずまい
  平成26年(2014)に登録有形文化財となった徳運寺の本堂・庫裏・山門及び高塀は、いずれも建築当初の姿を良く残しており、一体となって境内の歴史的な景観を伝えています。特に、本堂・庫裏は、明治初年の廃仏毀釈で徳運寺自体が一時廃されたにもかかわらず、江戸時代末期に建てられたままの姿で今日に至っています。
  現在は、厄払いのお寺としても有名で、毎年1月の中旬ころには厄除観音例大祭が催され、多くの参拝者でにぎわっています。

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